反論は間違った意見を正す大事な行為だがKYな反論はウザイだけだ。
反論マニアが嫌われるのは委細構わずKYな反論をするからだろう。
発言には
- 理解を求める発言
- 潤滑剤としての発言
- 知識を深めるための発言
- 説得するための発言
反論が大歓迎されるのは3.知識を深めるための発言のときだけだろう。反論を交わすことにより知識はより深まる。反論は知識の肥料だ。しかし反論は発言の内容にすべきで発言者の人格にすべきでない。反論マニアは自分の意見をごり押ししたいために発言者の人格否定まですることが多い。反論マニアのKYな発言でせっかくの知識を深めるための議論が場が喧噪の場に化してしまうことが少なくない。
4.の説得するための発言に対しては利害が絡む場合は反論が必要だ。しかし1対1の反論は無駄な場合が多い。相手は自分の意見をごり押ししたいのだから反論を聞く耳を持たない。利害が絡まない場合は無駄な反論をしないでスルーするにしくはない。利害が絡む場合は第3者を交えて妥協点を求めるほかないだろう。1対1の場合は意見が通るのは力の強い方になってしまう。間違った意見をごり押ししたい人間が会議を嫌い1対1の議論を求めるのは力でねじ伏せたいからだ。
2.の潤滑剤としての発言の場合はツッコミは歓迎されるがシリアスな反論は場をシラケさせるだけだ。反論マニアはこんな場でもしたり顔で反論して和やかな場をぶち壊す。恥ずかしながら吾輩もツッコミが過ぎて相手の気分を害し白気鳥を飛ばしてしまうことが少なくない。
1.の理解を求める発言のときは絶対に反論してはならない。うつ症状の人の発言は自分のつらさをわかって貰いたいからで考えを正して貰いたいとは思っていない。人が自殺すると「自殺をする前に誰かに相談すべきだ」としたり顔に解説する人がいるが相談すると「それは君の方が悪い。」とお説教されることが多いから相談しないのだ。
我々はカウンセラーではないから鬱陶しい愚痴や妄想を聞かされるとついつい反論してしまうがそれが自殺に追い込むことがあるかもしれないということを心しなければならない。
理解を求める発言にどうしても反論しなければならないときはいったん発言者の感情を受け止めて暖かく包み込んでから反論する必要がある。しかし苦痛を伴う行為だから家族や親友でさえなかなかできない。カウンセラーや精神科の医師はストレスが溜まるだろうなぁ。
我々はKYな反論マニアが精神疾患者に反論しているときは諫める必要があるがそれ以外の場合はKYな反論は相手にしないのが最善な希ガス。

レベルを大分落とします(悪しからず)
三・四段クラスですと 敗着の検討なんかするとき、自分の手が良くないと言われると 無理やり「別の手が悪かったんだ」と力説するひとが居ます、こんな人には「そうですね」とあわすことにしています。
強いひとは すいすいと話が進みます、
碁に関しては 初級者から高段まで素直になって欲しいですな。
反論の話ね、んん〜ん 無理に正直にあわせる
これも困ります、バカにされてるみたいなのです、以前 別のHPで「手どころ」のはなしで
感想を求めると、自分の感想を素直に書き込むのでなく、どッかに載ってるので探してみますと
言う 返事でした、
人と人の応対してるのですから 本人の生の感想意見を 素直に言うのも大事ですね。
(私は 少し表面に出しすぎですが)
一方的に教わったことは一晩寝ると忘れますが間違いを正された場合は身につきます。
納得がいくまで反論することが大切だと思っています。
半角文字の http:// が記載、お名前欄が空白または日本文字が全然ないコメントは投稿できません。ボタンをクリックしても投稿フォームが閉じないときはこれらに該当していないか確認してください。
私は自説に固執しません。意見交換を重ねるに従いトップページの意見に修正が加えられますから議論される場合はコメントの流れに目を通していただけると幸いです。
棋譜投稿 ←をクリックすると碁盤付きのコメントが書けます。
詳細はをご参照ください。
↓普通のコメントを書く