麻生首相は二言目には『仮定の話には答えられない。』『たら、ればの議論はできない。』と逃げる。
これは私は政治家失格ですと言うのと同じではないか。
『新型インフルエンザが流行したらどうしますか?』『たらればの質問に答える気はありません。』
『東京に震度7の地震が来た場合の対処はいまのままでいいのか?』『仮定の話には答えられません。そのときになって考えます。』
こんな態度で政治ができるか。
そもそもたらればの使い方が間違っている。国語に弱い麻生首相だから仕方ないか。
たられば話は引かれ者の戯れ歌なのは過去の出来事に関してのことだ。
『もしも真珠湾攻撃をしていなかったら』『もしもハルノートを受諾していれば』などという論議は典型的なたらればで愚痴に過ぎない。
しかし未来に関する仮定は計画立案審議の際には必要不可欠なことだ。
これを避けて通るのは政治家として失格といえよう。
安倍といい麻生といい無能な政治家が首相になれるのは我が国が幸せな国だったからなのだろう。
今の日本は今までの日本のように誰が首相になってもそれなりに発展するような安泰な状態ではない。
無能な政治家が椅子にしがみついて離そうとしないし椅子から引きずり下ろすためには日本を潰してもかまわないと思っている政治家もいる。
このままでは過激な憂国の士がクーデターを起こすのでないかと心配だ。
2009年01月13日
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たられば論議は ませた子供の言い草みたいです
公明党発案の政策とは言え 自ら出した法案です、「
受け取る 受け取らないはそのとき考える」
これではいけません、
「すべての法案は実効してから良し悪しが解る」
こう言ってるのと同じです。
今年は「怒」の一文字で幕開けです。
それなのに自分はどうするか見本を示せない。バカとしか言いようがありません。
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