アタリされたからなんとなく逃げる。
傷があるからなんとなくノゾク。
ノゾカレたからなんとなくツグ。
あなぼこがあるからなんとなく出てみる。
スソに迫られたからなんとなくスソを止める。
級位者の碁はなんとなくのオンパレードだ。
もっともなんとなく打ってしまうのは級位者ばかりとは限らない。プロでも集中力がプッツンしたときなんとなくの手を打ってしまい形勢を損じることがある。
しかし上達に足踏みしている級位者は集中力の有無とは関係なくなんとなくを連発するなんとなく症候群のように感じられる。
上達指導書にはだろう手を打つなと記されているがだろう手には打つ人の意志が込められているがなんとなくは無意識で打たれるのだからだろう手より始末が悪い。
意志を持たずに打った手だから局後に「その手は悪い」と教わっても「あーそうでしたか」で身に付かない。なんとなく打っていたのでは上達を足踏みするのは当然だ。なんとなくは堕落の道への合い言葉なのだ。
上達のスピードアップをはかるにはなんとなく症候群を治すことが大切だ。
それにはどうしたらいいだろう。
荒療治だがなんとなく打ちたい手が浮かんだらその手を次の1手の選択肢から外すようにしたらどうだろう。
そうするとどこに打っていいかわからない?そりゃないでしょ。なんとなく打った手が先手になっちゃたらどうしましょ。どこに打っていいかわからないことには変わりないのではありませぬか。
とりあえずなんとなく打ちたい手があったらその手以外を打とうと盤面を見渡す癖をつけることが大切だと強調したい。
それでもなんとなく打ちたかった手がどうしても打ちたい手に思えたら自信を持ってその手を打てばいい。
同じ手でもなんとなく打ったのとどうしても打ちたいから打ったのでは雲泥の差だ。前者は意志がないのに対して後者は確固たる意志をもっている。
たとえその手が大悪手で敗着になったとしても血となり肉となって上達に貢献すること間違いない。
吾輩はなんとなく打ちたい手は絶対に打たないことが上達の最短コースだと信じてやまない。
「石を持つな」と教えていますね、
打つ手が決まってから 碁笥に手を持って行く。
これを守れる人は 強くなりますよ。
オイドンはマウスを握りっぱなしだからいけないんですね。
厳しい言葉です><
わが身を振り返るに、なんとなく手を打つのは、定石途中のことが多いです。
定石の途中だから、「ココ」に打ち、挙句はずされると慌てます。
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