この要請に麻生外相は難色を示したという。
アッタリ前田のクラッカー。
亀井静香は参院選までにフジモリ氏を再入国させるためにはあらゆる手段を尽くすとほざいている。
亀井静香はどこまで日本を陥れたら気が済むのだろう。
ペルー政府からチリ政府に犯罪者として引き渡しを要請されている人間を日本に連れてきて選挙活動をさせるたら日本の国際的立場はどうなるのか政治家ならばわかるだろう。
国民新党のためになるなら日本の立場はどうなってもいいというのでは売国奴ではないか。
いくらバカ政権でもこのような愚行を許すわけがない。
亀井静香は破滅寸前の自民党の息を吹き返させるためにこのような愚挙をしているのだろうか。

ペルーのガルシア政権は信用に値しません。ペルーにフジモリ氏を引き渡せば、フセインを米軍に渡すのと同じことになります。
もしどこかの国がオウムの麻原を我が国の議員にするから我が国によこせと言われたらどうしますか。
亀井氏の真意がどこにあるのか、わかりません。
しかし、島谷さんのたとえ話も、どこが似ているのか良くわかりません。
他国の犯罪者を自国の国民代表にしようとする行為はいかがなものかという意味です。
裁判前ですから容疑者と思います。
詳しいことはわかりませんが、次のような意見もあるようです。
中南米の政界は伝統的に日本とは比べものにならない厳しいルールなき戦いの世界である。フジモリ氏の行為は中南米の政界の基準のもとに評価されるべきだ。そう考えると、日本のいくつかの新聞が書いた「フジモリが潔白だと言うのなら、ペルーに帰って法廷で正々堂々とそれを示すべきだ」という主張には、底の浅さを感じる。
政治の戦いというものは古今東西、勝っているうちに悪いことをしても罪に問われず、負けると急に強烈に断罪され、政治上の「正義」とはもともと歪んだものである。だから、中南米などでは政争に敗れた政治家には「亡命」という身の処し方が許されていた。そのルールから考えると、フジモリ氏の日本亡命は認められても良い。
反論を書こうとしていて気がついたのですが、小生は「ありえない仮定」を論じることには意味がなく、それと比較することは「詭弁」になる可能性を秘めていると思っています。
「しかし、島谷さんのたとえ話も、どこが似ているのか良くわかりません。」と書きましたが、そういうことよりも、「その可能性はあるのですか?可能性がゼロなものと比較することを、判断材料に加えることが良いとお考えですか?小生は、判断材料に加えてはならないと思っています。」と質問すべきでした。
島谷さんのご意見に時々「違和感」を持った理由が、今、やっとわかりました。自分の考え方というのは、自分にとっては当たり前すぎて、意外と気がつかないものですね。自分でも明確には意識できていなかったので、不正確な質問になりすみませんでした。
我が国が世界に指名手配している政治犯(たとえば赤軍派)の人間をX国が国会議員にした。
この場合X国と日本は友好的な関係を保てるでしょうか。
私は参院選挙で比例代表というのは違和感を持っていました
衆院選挙こそ比例代表がいいと思っています。
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