2006年10月25日

技は力の中にあり

 柔よく剛を制すという格言がある。
 力のない人が馬鹿力のある人を倒すのは見ていて気持ちがいい。
 これが昂じて技を力より過大評価する傾向がある。
 本当にそうだろうか。
 技が70点力が30点のA君と技が30点力が70点のB君が試合をしたらB君の方が勝率がいいと思う。
 勝率だけで見る人はB君の方が強いと見るが、強い人の評価はA君の方が高い場合が多いように感じる。
 技が90点力が90点のCさんはA君に向かって「B君は技がなっていない。力だけで処理している。あんな力は我々には通用しない。君の方が実力は上だよ。頑張ればすぐにB君に勝てるようなるよ」と励ます。
 確かにB君はCさんに勝てないだろう。しかしA君もCさんに勝てるはずがないのだからA君の方がB君より強いことにならない。
 A君がB君に勝つためには力をつけるほかないが力をつけるのはたやすいことではないから当分B君に勝つことはできないだろう。
 A君としてはCさんに綺麗な技を決められて負けたときよりB君に強引に力ずくで負かされたときの方がダメージが大きいはずだ。
 あんなお粗末な技に負かされたと自己嫌悪に陥るはずだ。
 力のない人が力のある人を技で倒すというのは相手の力を逆用しているのが普通だ。
 相手がこちらが力がないことを見抜き力を出さなければ相手の力を逆用しようがない。
 技を決めるには相手が力を出さざるを得ないだけの力を持つ必要がある。
 技は力の中にありだ。
 しかし力を5点アップさせることは技を10点アップさせるよりむずかしいと思う。
 そこでスピード上達を目指すときは力のアップより技のアップの方を重点を置くのでないかと思う。
 技を磨くのはもちろん大事だがそれ以上に力をつけるトレーニングをしなければ技量は向上しないと身にしみて感じる今日この頃であった。
この記事へのコメント
ここは 島谷さんの独白のコーナーなのですか?、 どうも 書きずらいです、
なんと言っても 上流階級が匂います。
 家柄なんでしょうね。

 少し、言わせてください、

中1の一学期のとき 柔道が正課だったのですよ

 私 体が小さいから 技で勝負するよりない

 大きい 同級生を 背負い投げで破ったことが

 あります。 やったあ〜と言う感じでしたね。

 囲碁も同じです、相手に必ず 攻めあいは 読み負けします。 そこで  手筋を勉強して
 攻めあいに勝つように 日夜 勉強?
その手筋が頭に入らぬ、、、苦悶の毎日です

 後は中盤の構想・・・恥ずかしいのでこの辺で

Posted by あき at 2006年10月25日 16:29

柔道といえば…山下敬吾を
素で柔道家だと思ってた事がありました
(*´д`*)

…山下泰裕とゴッチャになってたっぽい。

…それはそれとして、この話で思い出したのは、「数学の問題を解くために公式を覚える」という行為…みたいな。

一つの基本となる公式から、第二公式、第三公式を自力で紡ぎ出す事は出来るけれど、いちいちそんな事してたら、時間を無駄にロスしてしまうし、肝心の問題を解く余力を割くことが出来なくなる分、もっとも大事な「問題を解くこと」がおざなりになってしまう可能性が高い。

だから第一公式のみならず、第二公式、第三公式も覚えてしまう。
公式を覚えることで、いちいち公式を自分で紡ぎ出す必要が無くなり、余力を肝心の問題に注ぎ込む事が出来る。

考える力を養う事も重要。公式(定石や死活や手筋)を覚える事も重要。
そういう感じなのかしら?…と思ってみたり。

もっとも、囲碁と数学が違うところは、公式(特に定石や布石など)が絶対ではないところだと思いますが…。

Posted by 都筑てんが at 2006年10月25日 21:24

今回も、「何について」言及されているのか理解不能でした。
囲碁についてならば、何が技で、何が力なのか?
それから、超一流のことか、一流のことか、二流のことなのか?

いやいや、どうもそうではないらしい。スポーツについてのみ、おっしゃっているようだ。

>技を磨くのはもちろん大事だがそれ以上に力をつけるトレーニングをしなければ技量は向上しないと身にしみて感じる今日この頃であった。

やはり、スキーのことらしい。
でも、あきさんも都筑てんがさんも、碁のことをおっしゃっているから誤解されているなあ。

>考える力を養う事も重要。公式(定石や死活や手筋)を覚える事も重要。
そういう感じなのかしら?…と思ってみたり。

「日経サイエンス」という科学雑誌11月号に「チェス名人に学ぶ才能の秘密」という記事があります。大昔から、強い人はどこが違うのかということを、100年も前からずっと研究している西洋人にはあきれます。でも囲碁や将棋も同じようなものだと思います。

ちなみに、超一流(各国代表クラス)になるとあまり先を読まないそうです。読むのは二流クラス。膨大な過去のデータが体系化されて記憶されている。そして場面場面で、類似の内容がそして正解がすっと出てくるそうです。

約100年前に世界チャンピォンだったカパブランカという人は、何手先まで読むのかという質問に対して「一手先まで。ただし、その一手はいつも必ず正しい。」と答えたそうです。でも、それは超一流の話ですから、どうでも良さそうです。


Posted by Takkun at 2006年10月25日 22:51

 「技は力の中にあり」はスポーツ、囲碁、イジメ体質、政治などすべてについて当てはまるなぁと実感しています。
 こどもの頃の私はひ弱でイジメるのには恰好の対象でした。もうやだ〜(悲しい顔)
 大学時代の私といまの私が相撲をしたらいまの私が楽勝するでしょう。
 大学時代の私を知る人は私がスキーをすることを信じられないと思います。
 囲碁は力がないから1眼半ある壁にへばりついた石に動き出され壁を取られて負けるのがお約束です。ふらふら

Posted by 島谷 at 2006年10月26日 03:52

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