2006年10月19日

自殺するこどもの家庭環境

 こどもに自殺された親は地獄の苦しみだろう。
 地獄の責め苦に耐えている親に追い打ちをかけるようで気が引けるがなぜ自殺する前に親に相談できなかったのかという素朴な疑問が私の脳裏をよぎる。
 こどもが親に相談するという選択肢を採らなかったのは
    親に相談してもわかってもらえない
    親に相談しにくい
    親に相談すると事態がますます悪くなりそう
    親にいい子を演じたい
などの理由があるのではないだろうか。
 もちろん親に相談した後に親の目を盗んで自殺するということはあるかもしれない。
 しかし親がこどもの相談を受け真摯に対応すれば避けられた自殺は多いのではなかろうか。
 こどもの自殺は気軽に親に相談できないように育てた家庭環境にもいくらかの責任があるのではなかろうか。
 もちろんこどもを自殺に追い込んだ最大責任者は加害者であるから徹底的に糾弾しなければならない。
 家庭にも責任があるからといって過失相殺してはならない。
 私は加害者を弁護する気持ちはさらさらない。厳罰に処すべきだと思っている。
 それとは別に私は自殺したこどもに兄弟がいるならば残されたこどもが親に気軽に相談できる環境作りに励んで貰いたいと願っている。


この記事へのコメント
>なぜ自殺する前に親に相談できなかったのかという素朴な疑問が私の脳裏をよぎる。・・・
しかし親がこどもの相談を受け真摯に対応すれば避けられた自殺は多いのではなかろうか。こどもの自殺は気軽に親に相談できないように育てた家庭環境にもいくらかの責任があるのではなかろうか。・・・
それとは別に私は自殺したこどもに兄弟がいるならば残されたこどもが親に気軽に相談できる環境作りに励んで貰いたいと願っている。


私も全くそう思います。
深刻なイジメの問題はずっと以前からあったのですから、親はわが子に最大限の注意を払っておかなければならないと思います。

私は常に子供たちに言い、様子を見ていました。

学校は楽しいか?友達はいるか?クラスにイジメなどはないか?
もしもイジメなど悩み事があったらお父さんに何でも言えよ?全力で助けてやるからな。
どうにもならない場合は引っ越して遠くの学校にかわってもいいぞ。

幸い卒業まで問題なく平和に学校生活を送れたようです。

Posted by bk at 2006年10月19日 10:54

 bkさんのような父親をもったこどもは幸せですね。
 日本の都会ではbkさんのようにこどもに接することは行うは難しでホットケーキにされているこどもが多すぎるのが現状だと思います。
 娘のこどもの同級生を見ているとその感をいっそう深くしています。
 親からホットケーキにされたこどもはイジメに関わるようになったり万引きに走ったりするようになり勝ちなのでなんとかならないものかと悩んでいます。
 巻き添えになる心配があってもよそ様の家庭に干渉することはできませんし、、、がく〜(落胆した顔)

Posted by 島谷 at 2006年10月19日 11:10

>日本の都会ではbkさんのようにこどもに接することは行うは難しでホットケーキにされているこどもが多すぎるのが現状だと思います。

自分の子供を放っておく原因は何なんでしょうか。仕事の関係で余裕がないのでしょうか、無関心なのでしょうか。


Posted by bk at 2006年10月19日 11:45

 仕事の関係で余裕がないのではないかと思います。
 夜遊びをするわけではなく仕事でまっすぐ帰宅して21時過ぎという家庭が少なくありません。
 家賃が高いので共稼ぎが避けられず母親もこどもに目が届かないのが実情のようです。
 このような家庭が増えるとこどもに目が届く家庭でも周りに引きずられてこどもをきちんと躾られなくなってしまいます。
# こどもはよその家庭の友達と比較しますから親がきちんと躾ようとすると他の友達は勝手放題にしているのに自分だけ行動を縛られる、虐待されていると思うようになります。

Posted by 島谷 at 2006年10月19日 12:02

>仕事の関係で余裕がないのではないかと思います。
 
昔のようにお爺さんお婆さんがそばにいる環境なら良いのですがねえ。
仕事で両親とも余裕がないとなると対策は難しいですねえ。

それにしても、自殺までいくような深刻なイジメ事件は田舎、島、などのどかそうな学校でも多く起きてますねえ。

Posted by bk at 2006年10月19日 13:00

どうして自殺するんでしょうね。死ななければならないほ程のつきつめた事情があったからこそだとは思いますが。死ぬ気なら何でも出きるのでわないかと思いますね。実際はそうは行かないのでしょうね。いろいろあろう事かと思いますが、やはり家庭での対話不測が大きな原因なのでしょうかね。何時もニユース見る度に痛ましい感に駆られてしまいます。

Posted by けすいせ ましよ at 2006年10月19日 14:19

それにしても、自殺までいくような深刻なイジメ事件は田舎、島、などのどかそうな学校でも多く起きてますねえ。
 悪事千里を走るですねぇ。
 教員の質がどんどん劣化しているのだと思います。
 きちんとやるよりいい加減の方が楽ですから、、、
死ぬ気なら何でも出きるのでわないかと思いますね。
 それは強い(精神的に)人の考えだと思います。
 弱い人は死ぬ方が楽と考えると思います。
 私も癌になったら抗ガン剤で苦しむより死を選びます。

Posted by 島谷 at 2006年10月19日 16:47

わたしの子どものころと言えば、逆らう生徒は殴りつけ、軍事教練の真似事はやるという暴力支配でしたね。いじめの中心は先生でした。先生がいじめるので他の生徒は安心していじめることができる。うっかり反発すると親がいじめられて生活できなくなる。
もう自殺する余裕もなかった。その代わり長欠児童で小学校は半分しか行っていない。
もっともいい先生もいて、救われた。
当時の小説など、体育教師と言えば暴力団扱い。
それに比べると先生の質はかなりよくなったし、生活もよくなった。わたしは家庭での孤立が原因ではないかと思いますね。大人には些細なことでも子どもには全人格を否定されたように思える。それが、つねに話し相手がいれば、世間のことが判って、相対的に考えられる。
子どものいない人のたわごとかも知れませんが。

Posted by たくせん at 2006年10月19日 18:10

たくせんさんのご意見に賛成一票。

>教員の質がどんどん劣化しているのだと思います。

根拠はなんですか?昔の先生の平均的質の方がひどかったかもしれません?
先生は「お山の大将」で、昔は何でも許されたのに、今は許されなくなったことは確かです。

求められるものが違いすぎるので、時代を超えて比較はできないし、「質がいい」とか「質が悪くなった」というような単純な言い方には賛成できません。

例えとして不適切かもしれませんが、現在の鉄棒の技に比べて、東京オリンピックの時の鉄棒の技はレベルが低すぎますね。東京オリンピックで優勝したときの技術をもって現在の大会に出れば、国内でも入賞すらできないでしょう。求められるものが違うのに単純な比較をするのは無意味だと思います。

>きちんとやるよりいい加減の方が楽ですから、、、

逆の人も(小生のまわりに)たくさんいます。それは、昔も今もかわらないと思います。

ちなみに、
・娘を私立中学に行かせるべきでした。まさか・・・
・以前は、土地付き一戸建てに住んでいましたが、転地のために(築9年で)売り払って今は借家住まいです。
・娘が自殺に至らなかったのは、家族が悲しむと思ったからで、それだけは何度も思いとどまったそうです。

小中学生の自殺は親の強い関心=愛情だけでなくすることができると思います。マザーテレサは「愛情」の反対は「冷酷」ではなく「無関心」だと言い切ってますね。

高校二年生の時には、クラブの同級生(女)が自殺しました。大学時代には、クラブの監督が40歳で自殺しました。小生の40歳前には、友人の弟が(外科医でした。結婚もして子供もできて30歳を過ぎてから)自殺しました。
高校生以上の自殺については、簡単に論じられるものではないようです。

Posted by Takkun at 2006年10月19日 21:53

 むかしは鉄拳制裁が当たり前でしたらか暴力団まがいの教員や親はいっぱいいたと思います。
 しかし、いまの虐待とニュアンスがが違うんじゃないでしょうか。
 いまの有害教員はイジメは見て見ぬふりをし、働くことは罪悪、日本を愛することは罪悪ということを教え込もうとしているように感じられてなりません。

Posted by 島谷 at 2006年10月20日 04:00

>しかし、いまの虐待とニュアンスがが違うんじゃないでしょうか。

はい、明らかに違うと思います。
昔は、先生の生徒に対する虐待は許されていたけれども、今は許されないという点が、一番異なっています。そのために、虐待のニュアンスがかわってくるのは当然のことと思います。

>いまの有害教員はイジメは見て見ぬふりをし、

自分を守るためでしょうね。昔は社会が先生を監視していないから、その必要がなかったのでしょう。また昔のヒラの先生が、教頭が子供をイジメているのを見つけたときに、知らない顔をする方が、普通だったのではないですか?
教育委員会がまわりの意見を聞いて調査するということが昔は少なかったでしょうから、上司に逆らわない人も多かったと思います。

>働くことは罪悪、日本を愛することは罪悪ということを教え込もうとしているように

そう感じられるだけですから、どうぞとしかいいようがないのですが・・・そんなことはないでしょう。
昔は「個人的権利」という概念が乏しかったから、相対的に国家が強調されていたのだと思います。島谷さんは、(個人の権利をもっと制限するような)憲法改正論者だったですね。


Posted by Takkun at 2006年10月20日 07:11

自殺した子どもは いじめだけでなく家族(親)からも追い詰められていたんじゃないかと思います。とにかく今は休んでいいよと言ってあげていれば、もしかして防げたんじゃないかな? とはいえ私にも中学生の息子と娘がいますが、相談を受けても「がんばろう」と言ってしまいそうな怖さがあります。

学校の責任がとやかく言われていますが、責任があるとすれば、辛いことがあった時に自殺という方法をとることが、どんなに悪いことかを教えてこなかったという責任があるんじゃないかと思います。
だって、辛いことは大人になってもあるんです。自殺することが罪悪なのだと、悩んで生きて、生き抜くことが素晴らしいことなのだと、私たち大人が子どもに教えていかねばと痛切に感じています。

Posted by bekao at 2006年11月01日 07:32

自殺した子どもは いじめだけでなく家族(親)からも追い詰められていたんじゃないかと思います。
 禿同
 こどもが気軽に親に相談できる環境づくり難しいですねぇ。
 いまの親は核家族世帯に育っていますから子育てを学んでいないと思います。
 いまのこどもが親になったらますます子育ての下手な親になってしまうのでないかと危惧しています。
 小学校高学年に子育て科を設けて親になったときの心構えを教える必要を痛感しています。

Posted by 島谷 at 2006年11月01日 10:55

大人の自殺は、「この苦しさから逃げるためには他に方法がないと考える」のが第一の理由だと思いますが、子供の場合は、「自分は、生き続ける価値がないと信じてしまう」のが理由ではないでしょうか?

平原綾香のジュピターに「希望を失うことより悲しいことは自分を信じてあげられないこと」という歌詞があります。
大人の自殺は「希望を失うこと」でしょうが、子供の自殺は「自分を信じてあげられないこと」だと想像しています。

>辛いことは大人になってもあるんです。自殺することが罪悪なのだと、悩んで生きて、生き抜くことが素晴らしいことなのだと・・・

そのような、きれいごと・甘い話ではないということに気付くまでに、多くの時間を費やしました。正常な大人が想像できるような慟哭・悲しみ・怒りを越えたレベルのようです。子供の自殺というのは、「泣くこと」も「怒ること」もできなくなった子供の先にあるものですから。

Posted by Takkun at 2006年11月01日 22:45

 Takkunさんの意見に禿同(^o^)/

Posted by 島谷 at 2006年11月02日 03:44

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